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華鐘第一希望学校視察記録
上海華鐘コンサルタントサービス 副総経理 陳偉勇
華鐘グループ各社、上海第19棉紡織廠、上海ダイキンエアコン有限公司等の義捐金賛助各社並びに各労働組合及び個人賛助者の委託を受け、上海希望工程弁公室・内モンゴル青少年発展基金会・上海華鐘コンサルタントサービス有限公司の代表各1名が視察チームを結成し、去る2002年12月27日〜31日に内モンゴル自治区に赴き、当地が申請するところの学校建築候補地三箇所を現地視察致しました。
三者共同視察の結果に基づき、第一段階として、内モンゴル赤峰市翁牛特旗楊樹溝門郷を9年制希望学校建設地と選定し、当該学校の名称を「翁牛特旗華鐘第一希望学校」と暫定致します。
現地視察の状況を以下の通り御報告申し上げます。
1.視察任務及び日程
(1)視察任務
義捐方が貧困地区に希望小学校の建築援助をするという慈善事業を遂行するに当たり、内モンゴル青少年発展基金会は至急に改築を要する学校5箇所を候補地として義捐方に推薦した。これら5箇所の書面資料を分析し、計画が具体的且つ明確である以下の3箇所に重点を置いて現地視察を実施した。
@包頭市固陽県ト塔亥郷東中心小学校
A赤峰市翁牛特旗楊樹溝門郷楊樹溝門小学校(註:「旗」は「県」に相当)
B通遼市奈曼旗清河蘇木永安村永安小学校(註:「蘇木」は「郷」に相当)
現地視察の主たる任務は、学校の現状と建設援助の必要性、学校建設計画の実現可能性並びに当地政府の態度及びその資金調達の可能性を実地見分し、候補地三箇所のうちの一箇所を希望小学校の第1回建設地として選定することにあった。
(2)日程
地図上は東公中心小学校は内モンゴル自治区の首都所在地フフホトの西北にあり、フフホトから約250kmの距離にある。他の2校は自治区首都から遠く離れ、内モンゴル東部の遼寧省近くに位置している。東部の視察地点から西部の視察地点までの移動は海拉爾から包頭まで北京を経由して列車で約24時間の行程である。
突然の降雪や−20℃以下の温度低下、また最低気温が−27℃にもなることにより、小規模の空港は臨時閉鎖となり、道路状態も劣悪であることから、安全重視の観点に立ち視察日程は元の4日から5日へと延長を余儀なくされた。日夜を問わず、大部分の時間は移動の先を急ぐことに費やす状況であったが、視察日程の概略は以下の通りである。
12月27日(金) 午後:航空機にて北京へ。
夜 :列車(呼−通線)にて奈曼へ(所要約12時間)。
12月28日(土) 午前:奈曼旗到着後、車にて永安小学校へ赴き、視察。
夜
:列車にて赤峰へ(22時到着)。
12月29日(日) 午前:赤峰より車にて翁牛特旗へ。楊樹溝門小学校視察。
夜
:列車にてフフホトへ(所要約20時間)。
12月30日(月) 午前:フフホト到着。内モンゴル自治区青少年発展基金会幹部
と面談の後、車にて固陽県へ(所要約8時間)
12月31日(火) 固陽県東公中心小学校視察
午後:航空機にて包頭より上海へ。
2.希望学校建設候補地三箇所の視察状況
視察人員が現場到着の後、学校校舎及び施設状況、教師及び学生の指導及び学習条件、農民の生活状況等について実地見分を行い、同時に当地政府関連部門及び学校の責任者による説明をうけた。各校の視察状況は夫々以下の通りである。現場の写真は付属書1、各校の状況比較一覧表は付属書2を参照のこと。
(1)翁牛特旗楊樹溝門郷初級中学校、小学校
@現状
楊樹溝門郷は翁牛特旗の西部に位置し、海抜1,500m、土地面積48万畝(1畝=666.67u、48万畝≒320Ku)であるが、うち70%は砂漠化している。郷内には9つの行政村があり、人口は1.1万人、うち73%は貧困人口である。2001年の農民一人当たり平均純収入は670元である。
2002 年には度重なる氷雹災害に見舞われ、15畝あたり僅か500kgのトウモロコシが収穫されたに過ぎない。当地政府は氷雹対策に1.5万元を投じて大砲を購入しある程度の効果は上げているとのことである。視察時に当地の幹部に頼んでトウモロコシを2つばかり見せてもらい、トウモロコシの粒は農民の食糧に、また芯の部分は暖房用燃料になるとの説明を受けたが、当地のトウモロコシの形状は粒が粗く、南方の小粒でつやつやと軟らかいトウモロコシとは全く異なるものであった。トウモロコシの粒は一部硬化し成長が充分でないと見受けられた他、既に粒が落ちている部分もあり、氷雹の影響は深刻であると思われた。このような困難な状況の中で、当地の農民は動物を愛護し、当地に出現する100頭余りの野生のノロジカ(国家2級保護動物)を捕獲したり傷つけたりする者はいないとのことである。
郷内には初級中学校1校と小学校8校があり、初級中学校の占有土地面積は60畝、133の教室を有し、在校生659名が10クラスに分かれて授業を受けている。寄宿生は578名、教職員は37名である。
小学校8校の在校生は合計892名で、42クラスに分かれ、58名の教師を擁している。うち楊樹溝門小学校は校舎面積730u、在校生275名が6クラスに分かれており、教職員は13名である。校舎は長年改修を施していない為、郷政府は当該小学校の撤去を決定したとのことである。
当地の旗、郷政府は2001年に初級中学校に22万元を投じて校舎22室を新築したが、38室は簡易構造の土坏造り(訳注:土坏=粘質土を煉瓦状に成型し、焼成せず乾燥だけさせたもの)であり、壁面及び接続面はところどころ亀裂が走っている状態である。教室の梁の一部は支えが必要であり、危険建築物に属する。特に学生の宿舎は機密性、保温性が極めて悪い上に狭苦しく、各自のベッドの間は30cmも空いていない。宿舎では夜にオンドルを焚かず、ひとつしかない暖炉で暖をとり冬を越すが、子供達は夜寒さのためなかなか眠れず、何人かで抱き合って眠る状態である。宿舎には小箱がいくつかあり、中には小豆粉で作ったマントウが入っている。これは子供達が家から持ってきた一週間分の食糧であり、食事時には基本的に副食は無く、水で食事をする。一部の教室は日中は教室として使用し、夜には宿舎となる。
A建設プラン
旗、郷政府の希望学校建設プランは次の通りである。
・初級中学校内に三階建ての教室棟(約1,000u)を新築する。
・危険建築物に該当する一部の教室を改築して学生の宿舎とする。
・ボイラー室増築、授業用実験室 6 室増築、授業用施設増設。
・緑化面積を30%とする。
・9年間の一貫教育ができる学校とし、完成後は旗内西部地区唯一の全ての建物施設を備えた学校になる。
本建設プロジェクトが完成すれば、元の初級中学校を基礎として小学校14クラスが増設され、424名の寄宿生を含む575名の学生と36名の教職員を擁する学校となる。本学の開校により、劣悪条件下にある小学校5校が撤去される。
本プロジェクトの総投資予算は72万元であり、義捐方から27万元の出資、旗及び郷の二級政府から45万元の資金が必要である。
(2)奈曼旗清河蘇木永安村永安小学校
@現状
奈曼旗は国家級の貧困県であり、土地の砂漠化は深刻である。旗全体の人口43万人中50%以上が衣食の充足できない状態にある。貧困により就学できない児童を救済する為に、2002年8月、旗政府は「貧困中・小学生救済基金会」を設立し、各クラスの幹部の義捐金を求めることとした。幹部の等級により毎年の義捐金基準が制定され、一人当たり20元から200元まで様々である。
清河蘇木は奈曼旗の東北端に位置し、奈曼の列車の駅から清河蘇木までは106km、うち26kmは土の道である。路面は起伏が激しくデコボコで、隆起部分と陥没部分の差が最も著しいところでは1mもあるため、雨天や降雪の際には車は走行できない。視察は冬場であったため沿道は荒涼としていたが、斜めに成長している奇妙な形状の巴喇柳を目にすることができた。説明によると、この種の樹木は生命力が極めて強く、何れも100年以上経っているとのことである。
清河蘇木の2002年財政収入は約300万元、農民一人当たりの年間収入は約1,470元である。永安小学校は清河蘇木から3.5kmの距離にあり、我々視察チームは夫々分かれて永安小学校、豊勝小学校及び極端に貧困な家庭一軒を視察した。
小学校2校は、校舎と授業条件の制限により現在のところ1〜2年生しか就学できない。永安小学校は土地占有面積6,700u、一列に建てられた10数教室の総面積は160uである。実際の在校生は37名で2クラスに分かれており、校長を含む教師2名が配置されている。見たところ、壁面は風化して至るところに亀裂が生じており、校舎内部の梁部分は材木を支えとしてとりつけてある。教材教具等の学習施設等は無く、説明によると、学生の大部分は既に蘇木中心学校に転校してしまったとのことである。豊勝小学校の状況も基本的には同校と類似している。
視察した蒙族の農家は学校から200mの距離にあり、中庭を取り囲む壁は黄土で積み上げられ、背丈の半分くらいの高さである。中庭には一台の壊れた2輪荷車が無造作に壁際に置かれ、三室並んだ土坏造りの部屋があった。西側の部屋の天井は垂れ下がり今にも落ちそうで、メインの部屋にはかまどにつながる穴があいており、ぼろぼろの綿、粗末な洗面用具等が置かれていた。最も価値のある財産は恐らく1台の9インチ白黒テレビであり、率直なところ家はがらんどうで極貧の状態であると思われた。説明によるとこの農家は亡き弟の子供を二人養育しているが一家6人の年収は2,000元に満たず、収入のうち1,000元を4人の子供の学費に用いた残りの1,000元足らずを一年の生活費に充てているという。
A建設プラン
当地政府の提出する建設プランは次の通りである。
・永安村より西の荒地に学校を新築し、新築2棟の総面積は約300uとする。
・学生137名を6クラスに分け、教師8名を配置する。
・村の教育施設2箇所を撤去する。
本プロジェクトの総投資予算は35万元であり、うち地方の調達する資金は15万元である。
(3)固陽県ト塔亥郷東公此老小学校
@現状
固陽県の総面積は4,970Kuであり、山林丘陵がその90%を占める。1996年5月に包頭を震央とする6.4クラスの地震が発生し、当地に大きな打撃を与えた。多くの建築物が破壊され、大部分の学校の校舎は危険建築物となった。ト塔亥郷は貧困地区のひとつであり、2001年の一人当たり平均年収は950元、2002年は500元とのことである。
今回の視察過程において最も厳しい寒さに見舞われたのは当地であり、固陽県は三箇所の視察地点のうち最も寒い地区であった。外気温は−27℃に達し寒さが身にしみ、道路は氷雪で凍結し、包頭から固陽までの60kmの山道は車輌通行に極めて不便で絶えず危険な状態であった。タクシーは基本的に走行を好まず、路上では多くの車両が路肩にへばりついており、我々の車輌はただゆっくりと進まざるを得なかった。
東公此老小学校は固陽県の東北端に位置し、固陽県の中心部から東公此老までは48kmの距離である。土の道が一本通っており、氷雪はあるが道路は比較的平坦で、1時間少々の道のりであった。東公此老小学校の土地占有面積は1.1万u、校舎部分の面積は970uである。在校生185名を6クラスに分け、教職員17名を配置している。実験室、学生活動室の他に教育部が分配した衛星放送受信装置と2台のコンピューターを授業に利用している。
見たところ学校建物の一部は壁面に亀裂が生じ、宿舎はぼろぼろで隙間風が通り、保温性に劣る上、非常に狭苦しい様子であった。1997年に当地の計画委員会が24万元の義捐金を投じて建設した300uの校舎も明らかに老朽化しており、屋内天井部分はビニール袋で塞いであった。各室の屋根は全て波打っており、壁の隅から引き出した照明用電線を波打った天井の中央に掛け、天井全体が今にも落ちそうな様相を呈していた。
A建設プラン
視察人員が希望行程建設プランについて尋ねたところ、当地の幹部は学校北側にある、かなり雪深い土地の一角を指し、学校の北側の塀から外の土地は増築に使用することができ、また、南側の校門前道路を越えた土地も、現有建築物を立ち退き撤去した後に校舎にできると語った。我々は足跡のついていない雪を踏みしめて周囲を一周し、現場視察を行った。
新築校舎面積は1,140uで学生550名を15クラスに分けて収容し教師30名を配置することができる。本プランが実現すれば学習条件が極めて劣悪な教育施設のいくつかを撤去することとなる。
本プロジェクトの総投資予算は56万元であり、うち地方の調達する資金は31万元である。
3.視察の結論
(1)全体の感想
今回の視察を通じて我々は内モンゴル貧困地区の現状を充分に知り得た。21世紀に入り中国東部の経済発達地区と西部貧困地区の経済状態や生活環境の格差が一段と顕著になり、これら貧困地区における財政の逼迫、農民生活の極度な貧困、子供達の学習環境及び生活条件の困窮等、その深刻度は長年都市部で生活してきた者にとっては想像を絶するものがある。当地の者で、上海或は発達した外国・地区に行ったことのある者によると、当地はそれら経済発達地区と比較してゆうに50年は遅れているということである。
経済発展がこのように落伍する状況において、当地政府は基礎教育を重視しており、児童の失学(訳注:就学の機会を逸すること)問題の解決に重点を置いている。財政難ではあるが教師の給与は定期的に支払い、一人当たりの平均年収を1万元近くまで押し上げ、平均給与は当地政府部門の職員を10%程度上回る額にしている。当地政府は百年の大計は教育を本分とし、希望工程により貧困地区の教育問題を解決することは、当地の貧困を改善し、経済発展の百年大計になるという認識である。よって、希望工程の建設は各級政府とも非常に関心を寄せている事業であり、最大限の努力をして資金を調達し、希望学校を建設すると表明している。
(2)翁牛特旗楊樹溝門郷を初回華鐘希望学校建設援助地点に選定することについて
包頭から上海に戻る際、包頭空港から1.5kmの地点で視察チームメンバー3名は道端にある一軒の小さいレストランで昼食をとり、この時間を利用して今回の視察状況のまとめを行った。内モンゴル青少年発展基金会の陳雷秘書長はフフホトからわざわざ足を運び、視察意見を聴いた。
3箇所の候補地の現地視察を通じ、我々は翁牛特旗楊樹溝門学校の学校建設条件が比較的成熟していると認識し、また、地方政府の資金調達信頼度も高いと思われた。当該旗の党委員会副書記である路氏は包頭人民病院の幹部であり、政府の派遣により当地で業務にあたっているが、路氏の思考は活発で開けており、協調性に長けていることから、第1校目の華鐘希望学校建設の助けとなると思われた。
奈曼旗の永安小学校については、視察チームとしては今後の資金状況を注視する必要があると考え、次回の建設援助対象として考慮することを提案する。
固陽県の東公此老小学校については、視察チームが見たところでは他の2校に比して若干遜色があると思われた。現場視察時に関係者が説明した学校の現状と建設プランの描写表現には不確定な部分があり、特に現場で目にした97年に援助により建設された建物の不具合は、本希望小学校の建設援助プロジェクトが規範に添って設計施工されるか否かが憂慮されるものであった。
4.プロジェクトの実施
2003年1月5日、三者共同視察結果に基づき、上海華鐘コンサルタントサービス有限会社総経理古林恒雄は義捐方を代表して上海希望工程弁公室に対し、正式に「翁牛特旗華鐘希望学校建設援助決定に関する通知書」を提出する。
上海希望工程弁公室は当該通知書に基づき内モンゴル青少年発展基金会及び翁牛特旗政府と具体的な学校建設協議書を締結し、プロジェクトの設計、プロジェクト批准及び施工を実施する。計画では
2003 年秋季に完成し、開校式を挙行して正式に使用を開始する。開校式挙行の手配については、追って当該事項に関する報告書を作成し、義捐方の意見を聴取するものとする。
上海華鐘コンサルタントサービス有限会社は本プロジェクトの進展状況を追跡し、適時に義捐方に報告する。
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